発酵の広がり — 01
各地の味噌が違うのは、人が決められる数字が違うからです
米・麦・豆、甘・辛、そして麹歩合という物差し
読了目安 約9分
味噌を分ける物差しは、2本あります
味噌売り場の棚を、名前だけ声に出して読んでみます。信州、仙台、西京、八丁、九州の麦、合わせ。地名と、原料の名前と、味の言い方が混ざっていて、どれとどれが同じ土俵の話なのか、ちょっと分かりません。
分かりにくいのには、ちゃんと理由があります。味噌を分ける物差しが、少なくとも2本あるからです。しかもこの2本は互いに独立していて、片方が決まっても、もう片方は決まりません。「赤味噌の反対は白味噌」と「米味噌の反対は豆味噌」を同じ物差しだと思っている方は、とても多いんです。
1本目は、麹を何でつくるかです。食品表示基準と、2022年3月に制定されたJAS 0022「みそ」は、米みそ・麦みそ・豆みそ・調合みその4つに分けています。ここで押さえておきたいのは、これが主原料の分類ではないことです。米味噌も麦味噌も、蒸した大豆に麹を合わせてつくります。麦なのは麹の原料だけで、大豆はどちらにも入っています。
例外は豆味噌だけです。豆味噌は、蒸した大豆そのものに麹菌を生やした「豆麹」に塩を混ぜます。穀類の麹を使わないので、原料は大豆と塩と水だけ。つまり4分類は、「大豆に何の麹を合わせるか」の分類なんです。
2本目は、味と色です。甘味噌・甘口味噌・辛口味噌、そして白・淡色・赤。こちらは法令の分類には入っていません。全国味噌工業協同組合連合会は、色による分け方は見れば分かることなので表示制度には取り入れなかった、と説明しています。
2本を掛け合わせると、銘柄はだいたい一意に決まります。信州味噌は米・辛口・淡色。仙台味噌は米・辛口・赤。西京味噌は米・甘味噌・白。八丁味噌は豆・辛口・赤。この3つが言えれば、目の前の味噌がどのあたりにいるかは、ほぼ決まります。

ちなみに「味噌にはJAS規格がない」という説明は、2021年までなら正しいものでした。JAS 0022は成分の規格ではなく生産方法の規格で、こうじ菌は麹菌(Aspergillus oryzae)に限る、こうじはばらこうじか豆こうじに限る、といった内容です。輸出が増えるなかで、海外の似た発酵ペーストと区別する必要が出てきたことが、制定の背景にあります。
量の話も、一度だけしておきます。全味工連の2025年の集計(出荷数量ベース)では、米みそ306,336トン、調合みそ31,341トン、豆みそ15,572トン、麦みそ12,368トン、合計365,617トン。米みそが83.8%を占めます。「米味噌は約8割」という説明をよく見かけますが、あれは2010年前後の値(2010年で79.9%)で、いまは4ポイントほど高くなっています。
麹歩合は%ではなく、「歩」という単位です
甘い味噌と辛い味噌を分けているのは塩の量だ、と思われがちです。半分は当たっているのですが、それだけでは説明がつきません。塩分11〜13%でも甘口に分類される味噌があるからです。もうひとつ、人が決めている数字があります。
それが麹歩合です。定義は「米の重量 ÷ 大豆の重量 × 10」。単位は%ではなく「歩(ぶ)」です。10歩なら大豆と米が同じ重さ、20歩なら米が大豆の2倍。麦味噌なら、分子は麦になります。
つまずきどころが、もうひとつあります。分子は「仕上がった麹の重量」ではなく、麹にする前の乾いた精米の重量です。分母も、水に浸ける前の乾いた大豆。どちらも乾燥重量で数えます。麹に仕上がったあとの米で計算すると、吸った水のぶんだけ大きく出てしまいます。

麹歩合を上げると、何が起きるでしょう。米が増えるぶんデンプンの持ち込みが増えて、麹のアミラーゼがそれを糖に変えます。実測では、辛口の米味噌の直接還元糖が約13%なのに対して、江戸甘味噌では21〜27%に達します。甘味噌が甘いのは砂糖を足しているからではなく、米のデンプンを糖に変えているからです。そして糖は、塩味を覆い隠します。
逆に麹歩合を下げると、相対的に大豆が増えます。タンパク質が多く持ち込まれ、切り出されるアミノ酸とペプチドが増えて、旨味とコクの側に寄っていきます。甘味噌はおおむね15〜30歩、辛口味噌は5〜10歩。この開きが、味の設計そのものです。
塩分は5%から13%まで開いています
「味噌の塩分は12%くらい」という数字が、あちこちで一人歩きしています。これは辛口の米味噌の話です。味噌全体で見ると、塩分はもっと大きく開いています。
日本食品標準成分表(八訂・増補2023年)の食塩相当量は、可食部100gあたりで、米みその甘みそが6.1g、淡色辛みそ12.4g、赤色辛みそ13.0g、麦みそ10.7g、豆みそ10.9g。業界で共有されている分類表では、甘味噌5〜7%、甘口味噌7〜12%、辛口味噌11〜13%とされています。いずれも、できあがった味噌の重量に対する重量%です。
白味噌を12%として計算すると、見積もりを倍近く外してしまいます。塩分の数字を使うときは、まず「どの味噌の話か」を確かめておくと安心です。
ここで、よく聞く通説をひとつ確かめておきます。「八丁味噌はいちばん塩辛い」。実は成分表を見ると、豆みそは10.9g/100gで、米みその赤色辛みそ13.0g、淡色辛みそ12.4gより低いんです。塩分だけで言えば、豆味噌は辛口の米味噌より控えめ、ということになります。
では、あの濃さは何なのでしょう。ひとつは、たんぱく質の量です。豆みそは17.2g/100gで、米みその辛口(12.5〜13.1g)よりはっきり多い。原料が大豆だけなので、当然といえば当然です。もうひとつは長期熟成で、渋味・苦味・酸味と、深い色が積み上がります。実測でも、八丁味噌は市販味噌のなかで最も明度が低く、酸度が高いほうに位置しています。
甘味噌の低い塩分には、代償もあります。塩が少ないぶん、日持ちしません。白味噌は30℃に置くと10日ほどで色が濃くなり、10℃なら180日置いても大きな変化はなかった、という報告があります。買ってきた白味噌を常温の棚に置かないのは、そういう理由です。
代表的な銘柄を、数字で並べてみます
ここまでの3つ——麹の原料、麹歩合、塩分——に、熟成期間を足します。この4つで代表的な銘柄を並べると、地域の物語を持ち出さなくても、味の違いがだいたい説明できてしまいます。
| 銘柄 | 麹の原料 | 麹歩合 | 塩分(できあがり重量に対する%) | 熟成 |
|---|---|---|---|---|
| 信州味噌 | 米 | 5〜10歩 | 11〜13% | 数か月〜1年(淡色・辛口) |
| 仙台味噌 | 米 | 5〜10歩 | 11〜13% | 1年〜1年半(赤・辛口) |
| 西京味噌 | 米 | 15〜30歩 | 5〜7% | 50℃前後で8〜10時間+常温7〜14日(白・甘) |
| 江戸甘味噌 | 米 | 12〜20歩 | 5〜7% | 10日ほど(赤・甘) |
| 九州の麦味噌 | 麦 | 15〜25歩 | 9〜11% | 短期(淡色〜淡赤・甘口) |
| 八丁味噌 | 大豆(豆麹) | —(麹が全量大豆) | 10〜12% | 2年以上・二夏二冬以上(赤・辛口) |
業界の分類表と日本食品標準成分表による代表値です。同じ銘柄でも蔵ごとに幅があります。八丁味噌の熟成期間は、GI登録第49号における八丁味噌協同組合の明細書の基準です。
表を見て意外に思うのは、西京味噌と江戸甘味噌の熟成期間ではないでしょうか。白い甘味噌は「手間のかかる高級品だから長期熟成」と思われがちですが、実際は逆です。50℃前後で8〜10時間の高温消化のあと、常温で1〜2週間。江戸甘味噌なら、10日ほどで仕上がります。
対して八丁味噌は、二夏二冬以上、つまり2年を超えます。同じ「味噌」という言葉で呼ばれていても、つくるのにかかる時間は100倍近く違うわけですね。
分解型と発酵熟成型——つくり方の考えが、二つあります
表を縦に眺めると、麹歩合が高い味噌ほど塩分が低く、熟成期間が短いことに気づきます。これは偶然の重なりではありません。じつのところ味噌には、はっきり違う2つのつくり方の考え方(設計思想)があります。
ひとつは分解型です。麹歩合を15〜30歩まで上げ、塩を5〜7%に下げて、50℃前後で数日。この温度では耐塩性の乳酸菌も酵母もほとんど働けませんから、進むのは麹の酵素による分解だけです。糖とアミノ酸が一気に出て、甘味が突出します。香りのほうは単純になります。白味噌と江戸甘味噌が、こちらです。
もうひとつが発酵熟成型です。麹歩合を5〜10歩に下げ、塩を11〜13%にして、20〜30℃で数か月から年単位。麹の酵素による分解と並行して、耐塩性の乳酸菌が有機酸を、耐塩性の酵母がアルコールと香りの成分をつくります。分解型にはない層が、ここで乗ってきます。
そしてこの長い時間のあいだ、メイラード反応が進みます。糖とアミノ酸が結びついて、褐色の色素と香ばしい成分に変わる反応です。温度が高いほど、時間が長いほど進みます。実測では、米味噌の着色度は3か月で、4℃なら1.4倍、20℃で約2.2倍、37℃では約17倍になりました。焼き色の話に出てくる150〜180℃とは、同じ反応の別の時間軸です。
色が濃くなるのは、タダではありません。メイラード反応は糖とアミノ酸を材料に使うので、できたアミノ酸の一部は、色素のほうへ回っていきます。ただ、熟成のあいだは、麹の酵素が大豆のタンパク質を切り分ける働きも並行して進んでいます。ですから、うま味のもとになるアミノ酸そのものは、熟成中に減るのではなく、ふつうは増えていきます。
うま味が本当に目減りするのは、熟成を終えた味噌を温かいところに置いたときです。3か月置いた米味噌では、アミノ酸の量の目安になるホルモール窒素が、20℃以下ではむしろ増えたのに、37℃では13.5%減りました。長く寝かせた味噌に加わるのは、メラノイジン由来のコクと香ばしさです。うま味がそっくり入れ替わるわけではなく、別の層が乗る、と考えるのが正確だと思います。
ここまでの話は、原料が大豆であることを前提にしています。大豆をひよこ豆やナッツに替えると、タンパク質の量と組成、デンプン量、脂質量が同時に動きます。つまり、4つの数字の効き方そのものが変わってしまいます。地域の違いをきれいに説明できた物差しも、原料を変えたとたんに、目盛りを打ち直すことになります。
八丁味噌の名前をめぐって起きたこと
ここまで、人が決められる数字の話をしてきました。ただ、味噌の名前は数字だけでは決まりません。制度で決まる部分があります。地理的表示(GI)保護制度をめぐって八丁味噌に起きたことを、時系列で並べてみます。
- 01
2015年6月 — 二つの申請
岡崎の2社が属する八丁味噌協同組合がGIの登録を申請しました。その3週間後に、愛知県味噌溜醤油工業協同組合も申請しています。
- 02
2017年12月 — 県組合が登録
農林水産省が生産地を岡崎市八帖町から愛知県へ広げられないかと打診し、八丁組合は申請を取り下げました。審査は後願の県組合の申請に移り、登録第49号となります。
- 03
2019年9月 — 答申
八丁組合の審査請求に対し、行政不服審査会は「棄却すべきとの審査庁の判断は、現時点においては妥当とはいえない」と答申しました。
- 04
2021年3月 — 第三者委員会
両組合の八丁味噌に、成分分析のうえではっきりした差(有意差)は認められないと結論。あわせて、県組合の明細書にある熟成期間の書き方が誤解を与える、とも指摘しています。
- 05
2025年1月 — 2団体体制へ
八丁味噌協同組合が登録第49号の生産者団体として追加登録されました。いまは2つの団体、2つの明細書が併存しています。
2つの明細書は、同じ名前に違う基準を定めています。県組合の明細書は生産地を愛知県とし、タンクに仕込んで1年以上(温度調整をする場合は25℃以上で最低10か月)。八丁組合の明細書は生産地を岡崎市八丁町とし、約6トンの木桶に天然石を3トンほど円錐状に積み、加温せずに二夏二冬以上。水分は40%程度で、一般的な豆味噌の44.9%より低く仕上げます。
GIは、特定の誰かに名前を独占させる制度ではありません。第三者委員会の報告書も、登録後であっても新たに生産者団体をつくって自ら明細書を出せば地理的表示を使える、と書いています。八丁味噌は、実際にその経路をたどって2団体になりました。
ですから、棚に並ぶ「八丁味噌」が何を指すかは、味の設計だけでは決まりません。それでも、豆麹でつくり、塩は10〜12%、2年前後の熟成で色を深く落とす——という設計は共通しています。名前は制度の産物ですが、味は数字の産物です。
そして地域は、この4つの数字が長い時間をかけて落ち着いた先の結果であって、原因ではありません。九州の麦味噌が甘口で色が淡いのは、温暖で熟成が短く済んだからです。信州味噌が淡色の辛口なのは、その逆です。では風土は、どの数字を通して、どれくらい味に効いているのでしょう。それを測れる形に分解する話は、この先でもう一度出てきます。
