発酵のきほん — 05
人が決めるのは4つだけ。仕事は蓋を閉じる前に終わります
手順を、動作ではなく「はたらきかけ」として読む
読了目安 約8分

味噌の作り方を書いた紙は、たいてい番号のついた動作の列です。浸ける、煮る、潰す、混ぜる、詰める。どれも一行で終わっていて、どうしてそうするのかは書かれていません。
理由が書かれていないと、省いていいのかどうかが判断できません。順番を入れ替えたらどうなるのかも、分からないままです。特別な道具や場所が要るのではないか、という心配も、たいていここから生まれます。
そこで、手順を動作ではなく、はたらきかけ(=介入)として読み直してみます。人が触れられることは、実は4つしかありません。それぞれの工程がそのどれを整えているのかが分かると、順番の理由も、省けない工程がどれかも、自分の言葉で言えるようになります。
触れられるのは、温度・塩分・水分・時間の4つだけ
味噌づくりで人が握れるのは、この4つです。ほかはぜんぶ、菌と酵素の領分になります。
温度は二重に効きます。菌の増え方も、酵素が切る速さも決めるからです。ただ、高いほどいいわけではありません。上げすぎると酵素は形が崩れて、もとには戻りません。塩分は、誰に残ってもらうかを決めます。味の調整つまみというより、実質的には「動かさないと決めた変数」です。このサイトが出すプリセットは、比率を固定してあります。
水分は、反応が進む場の広さです。多いほど分解は進みやすくなりますが、同じ塩の量なら、そのぶん塩の効きは薄まります。減塩味噌の試験では、水分を46%から48%へ増やしただけで酸っぱくなりすぎた例が報告されています(宮城県産業技術総合センター)。そして時間は、ただ待つことではなく、反応がどこまで進んだかの量そのものです。
| 変数 | 人が決めること | 動かすと変わること |
|---|---|---|
| 温度 | 置き場所と、冷ましてから混ぜること | 進む速さ。上げすぎると酵素が壊れて、もとに戻りません |
| 塩分 | できあがり重量に対する重量%(比率は固定) | 誰が生き残れるか。守りの厚さ |
| 水分 | 種水の量、大豆の煮上がり具合 | 硬さと進みやすさ。増やすと塩の効きが薄まります |
| 時間 | いつ食べはじめるか、どこに置くか | 分解と褐変がどこまで進むか |
塩分の%は、できあがった味噌の重量に対する重量%です。家庭向けの標準的な配合はおよそ10〜14%で、辛口の米味噌は11〜13%にあたります。
材料は3つ、道具は台所にあるもので足ります
材料は大豆・米麹・塩の3つ。道具は鍋、ボウル、潰す手段、蓋のできる容器で足ります。専用の設備は要りません。重石も、公的な家庭向け手順では材料全体の20%ほどが目安とされていて、少量なら無くてもよいとされています(埼玉県)。分量は、比率を固定したプリセットから計算できます(計算ページ・会員登録は要りません)。
衛生は、手を洗って、容器を熱湯かアルコールで拭いて乾かす。そこまでで足ります。無菌にする必要はありません。第4章で見たとおり、守りは何枚も重なっているからです。ただし、消毒は万能ではありません。熱湯もアルコールも、カビの胞子や酵母には効きますが、熱に強い芽胞には効きません(芽胞を殺すには120℃で4分相当の加熱が要ります)。消毒はカビ対策、芽胞に対しては塩と水分が守りになっている。役割を分けて考えると、迷いがぐっと減ります。
手順は動作ではなく、はたらきかけとして読みます
仕込みは、7つの工程に分けられます。ひとつずつ、その動作がどの変数を整えているのかを添えていきます。写真つきの詳しい所作は説明書ページにあるので、ここでは理由だけを見ていきます。

- 01
浸ける — 水分
乾いた大豆の中心まで、水を戻します。室温なら12〜16時間が目安です。ただ、吸う速さは水温でずいぶん変わります。ほぼ飽和に達するまでの時間を測った試験では、30℃の水で約14時間、20℃で約24時間、10℃では約42時間かかりました。冬の冷たい水だと、一晩では足りないことがあります。中心まで戻っていないと、あとでいくら煮ても芯が残ってしまいます。
- 02
加熱する — 水分と時間
潰せる硬さにすると同時に、折りたたまれた大豆のタンパク質をほどきます。ほどけた鎖には、酵素のハサミが入りやすくなります。煮るか蒸すかで固形分の失われ方が違って、蒸すと5%程度、煮ると10%前後が煮汁の側へ出ていきます。
- 03
麹と塩を先に混ぜる — 塩分
塩切りと呼ばれる工程です。必要な塩の9割ほどを、先に麹へ混ぜておきます。塩と出会うまでの時間を麹に与えないためであり、仕込んだあとに塩の薄い場所を作らないためでもあります。
- 04
潰す — 時間
酵素と材料が触れ合う面積を増やす操作です。粒が大きいほど、中心まで切り進むのに時間がかかります。潰す作業そのものは、熱いうちのほうが楽です。
- 05
人肌まで冷ます — 温度
これから半年働いてもらう酵素を、その場で壊してしまわないための操作です。目安は人肌(約35℃)、遅くとも40℃以下。仕込みの全工程のなかで、やり直しのきかない失敗の代表がここです。
- 06
空気を抜いて詰める — 低酸素の壁
団子状に丸めて容器に叩きつけ、押しつけて隙間をなくします。空気を好む菌が使える場所を、物理的に減らす操作です。重石も、その延長にあります。
- 07
閉じて待つ — 時間
ここから先は、どこまで進んだところで食べるかを人が決めることになります。開ける回数が増えるほど、空気を抜いた意味は薄れていきます。
5番目だけ、もう少し詳しく書きます。よく見かける「熱いと麹菌が死ぬから冷ます」という説明は、実は理由が少しずれています。塩と水分の条件から、麹菌はどのみち仕込んだ味噌の中では増えられません。守っているのは菌の命ではなく、麹菌が置いていった道具のほうの形なんです。
酵素はタンパク質でできた道具なので、熱で形が崩れると、もとには戻りません。危ないのは、おおむね55℃から上。しかも「何℃で壊れる」という話ではなく、その温度にどれだけいたかで決まります。食品の中に埋もれた状態のデンプン分解酵素なら、働きが10分の1になるまでに55℃で4〜5時間、60℃で1時間ほど、70℃なら5分ほどです。人肌まで冷ますという手順は、55℃に対してたっぷり余裕を取った決め方だと理解できます。

最後の設計は、置き場所を決めることです
蓋を閉じる直前に決める、最後の変数が置き場所です。置き場所の温度が、半年後の色と進み具合をほとんど決めてしまいます。
保存試験の数字が、分かりやすい例になります。塩分9%の減塩味噌を完成後に小分けして、温度を変えて置いた試験です。20℃の区は4か月で明るさの値が15.0から7.4まで下がって、はっきり色が濃くなりました。15℃では11.9、5℃では14.1で、ほとんど動いていません(宮城県産業技術総合センター)。
塩分の低い味噌を製品の状態で置いた試験なので、家庭の手前味噌の熟成にそのまま当てはまる数字ではありません。それでも、置き場所の温度が進み方を左右するという方向は変わりません。床下の物入れと、暖房の効く居間とでは、同じ配合でも別物が仕上がるということです。冷蔵庫に入れれば、進みは止まるに近くなります。
直射日光を避けた常温に置いて、半年から1年。ここで人の関与は終わります。あとやることは、見ることであって、触ることではありません。手が出せないのは欠点ではなく、設計を仕込む前に集中させるという、この作り方の構造そのものです。
ラベルに書くのは、日付と配合と置き場所の3つ
最後に、次の仕込みのための作業をひとつだけ。容器に貼る紙に、3つ書いておきます。
- 仕込んだ日付
- 大豆・麹・塩の量(できあがり重量に対する塩分%も添えておくと、次に比べやすくなります)
- 置いた場所
そして次に仕込むときは、1つだけ変えます。麹を増やす、置き場所を変える、食べはじめる時期を延ばす。2つ以上を同時に変えると、結果が変わったときに、どちらが効いたのか分からなくなってしまいます。
同じ味噌は二度とできません。ただ、「再現できない」と「制御できない」は違います。4つのうちどれを動かしたかを自分で知っていれば、方向はちゃんと動かせます。なお、半年ぶんの温度や様子を1本の線にして眺める道具は、このページにはありません。そこはアプリの担当です。
蓋を閉じたところで、この章の仕事は終わりです。あとの半年、容器の中では主役が静かに入れ替わっていきます。
