発酵のきほん — 04
腐らないのは、来てほしくない菌が生きられないからです
塩・酸・低酸素・時間、四枚の壁
読了目安 約8分

守りは一枚ではなく、四枚重ねてあります
味噌は、常温の台所に半年置いておきます。冷蔵庫にも入れませんし、蓋も一度閉じたきりです。ほかの食べもので同じことをしたら、たいてい数日ももちません。
それでも味噌が腐らないのは、運がいいからではありません。味噌の中では、来てほしくない菌が生きられない条件が、四つ重なっています。塩の濃さ、乳酸菌が下げた酸性度、空気の少なさ、そして時間です。一枚だけなら越えられてしまう壁でも、四枚重なると越えられなくなります。
ここで、塩の役割をきちんと押さえておきます。塩は菌を殺す毒ではありません。塩は水を抱え込んで、菌が使える水を先に取ってしまいます。水の量そのものは変わらないのに、菌の側からは使える水が減る。じつのところ、干して水を飛ばすことと塩を入れることは、やり方が違うだけで、同じ目的に届いています。
使える水が減ると、耐性のない菌から順に活動できなくなります。全部が一斉に止まるのではなく、脱落していく順番があります。ですから塩は、菌をふるい分けるフィルターであって、味の調整つまみではないのです。
この壁は、時間とともに増えていきます
ただ、四枚が最初から立っているわけではありません。仕込んだ直後に立っているのは、塩の壁だけです。
酸の壁は、あとから自分でできあがります。麹の酵素が材料から糖を切り出すと、塩に強い乳酸菌がそれを食べて有機酸を出します。味噌のpHは仕込みのときで5.7〜6.0、できあがりで5.0前後まで下がります。酸をつくる働きは熟成の前半に集中していて、条件によっておよそ1〜3か月で頭打ちになります。

つまり、仕込んでからの数週間が、つくりとしていちばん無防備な時期ということになります。
冬に仕込むとよいと言われるのは、伝統や季節の風情の話ではありません。低温では菌全体の動きが鈍く、そのあいだに塩が行き渡り、乳酸菌が酸を出しはじめます。低温期の仕込みでは食塩の溶けるのが遅れ、酵母より乳酸菌が先に動くので香味のバランスが良い、という指摘もあります。壁のいちばん薄い時期を、低温のうちに通過させているわけです。
夏に仕込んではいけない、ということではありません。ただ、順番が変わります。材料を買う前に、直射日光の当たらない涼しい置き場所を決めておくと安心です。
このサイトが出す塩分は、できあがりの重量に対する重量%だけです
味噌の話では「塩分12%」といった数字がよく出てきますが、同じ言葉でも、何を分母に取ったかで数字は変わります。仕込んだ材料の合計に対してなのか、できあがった味噌の重量に対してなのか。醸造の現場では、さらに別の分母を使う指標もあります。分母が違えば、同じ味噌が違う数字になってしまいます。
取り違えると、ずれは1〜2ポイント、条件によってはそれ以上になります。やっかいなのは、間違えやすい向きが「実際より安全に見える」側だということです。ですからこのサイトが出す塩分は、できあがった味噌の重量に対する塩の重量%だけにしています。専門家が使う別の指標は表示しません。
塩を減らすのは、味を薄くすることではありません
手づくりでいちばん多い自己流の変更が、塩を少し減らすことです。塩辛いのが苦手だから、健康のために。その気持ちはよく分かります。
けれど、塩を減らして起きるのは、味が薄くなることではありません。締め出せる菌の種類が減ることです。そして最初に現れるのは、たいてい病原菌ではなく、酸っぱくなりすぎる失敗——酸敗のほうです。乳酸菌の活動を抑えるものがなくなって、酸だけが進んでいきます。
宮城県みそ技能士会が、塩分12%を基準に、10・9・8・7・6%と段階的に塩を下げた仕込み試験をしています。会員22名の官能評価で、従来の仙台味噌と同等とされたのは、仕込みのときの塩分で9%まででした。熟成後に測った塩分も、ほぼ同じ値になっています。
その結果を受けて、宮城県産業技術総合センターが、塩分9%のまま水分量だけを変える小仕込み試験をしました。仕込みのときの水分は46%がよい、という結論です。ここがだいじなところで、同じ塩分9%でも水分を48%にすると、熟成3か月でpHが4.68まで下がり、酸敗が見られました。塩と水は、別々に動かせるものではないのです。
「発酵させた大豆だから安全」という理屈も、残念ながら成り立ちません。食品安全委員会がまとめたボツリヌス菌の資料に、中国の例が出てきます。ボツリヌス食中毒の最も多い原因食品として、自家製の発酵大豆食品(臭豆腐)が知られる、というものです。味噌を守っているのは発酵という現象そのものではなく、塩と水分がつくる条件のほうなのです。
ですからこのサイトは、比率を固定したプリセットしか出していません。選べるのは量だけです。比率を動かさない限り、危ない配合は原理的に作れません。判定が必要な状況を、そもそも起こさないという考え方です。自由に配合を組んでみたくなったら、複数の壁を同時に見られる仕組みの上でやるのが安心で、それはアプリの担当になります。
白いものは、色ではなく形で見分けます
三か月ぶりに蓋を開けたら、表面に白いものが出ていた。ここで捨ててしまう方がとても多いのですが、その多くは、実は捨てなくていいものです。
産膜酵母は、平たく膜を張ります。表面をおおうように広がって、しわが寄ります。味噌メーカー各社の公式見解は一致していて、体に害はない、ただし風味は落ちるので取り除いてよい、という扱いです。
カビは違います。一点から円形に広がって、綿毛のように立体的に立ち上がります。白いカビもあれば白い産膜酵母もあるので、色では分けられません。見る軸はひとつ、膜が張っているか、うぶ毛が立っているか。ついでに、容器の側面につく白い粒はアミノ酸(チロシン)の結晶で、これも無害です。

カビは酸素がないと増えられません。味噌の内部は空気が抜かれていて、塩も効いています。だから白いものが出るのは、ほぼ必ず表面です。産膜酵母の膜なら、対処は簡単で、混ぜ込むか、薄くすくうだけで済みます。
綿毛のほうは、同じようには扱えません。農林水産省は、カビの生えた食品は食べないように、と案内しています。見えるカビを取り除いても「見えないかびが内部や表面にまだ残っている可能性が十分ある」からです。表面に出ているからといって、表面で終わっているとは限らないのです。
ここは正直に書いておきます。手づくりの現場では、綿毛の周りごと深めに取り除いて詰め直す対処が広く行われていて、蔵が案内する「5mmほど」もその流儀です。ただ、これは経験からの目安であって、検証された数値ではありません。公的な案内とも食い違います。広い範囲に出たとき、取っても繰り返し出るときは、使わないほうが確実です。
食べるのをやめる合図は、限られています
迷う回数を減らすために、線を引いておきます。次の5つが出たら、その味噌は使いません。
- 強い腐敗臭がする
- 表面や中身にぬめりがある
- ピンクや赤が広がっている
- 容器が膨れている
- 口に入れて明らかにおかしい味がする
逆に、アルコールに近い匂い、チーズのような匂い、色が深くなる、表面に茶色い液体が浮く。これらは正常な発酵の範囲なので、心配はいりません。
そのうえで、原則はひとつだけ。迷ったら食べない。判断に迷うものを食べずに済ませるのは、失敗ではなく技術のうちです。
ここまでが、味噌が腐らない理由です。読み返してみると分かるとおり、四枚の壁を立てる仕事は、どれも蓋を閉じるまでのあいだに終わっています。
