発酵のきほん — 03
美味しくなるのは、大きい分子には味がないからです
旨味・甘味・香り・色は、どこから来るのでしょう
読了目安 約7分

ゆでた大豆を一粒つまんでも、味噌の味はしません。ほんのり豆の甘みがあるだけです。米麹をかじってみても、少し甘い米、という以上のものではありません。
ところが、この二つを塩と混ぜて半年置いておくと、ひとさじで椀一杯を味つけできるほど、味の濃いものになります。外から何かを加えたわけではありません。加えたのは塩だけです。では、増えたものは何なのでしょう。
答えは「増えた」ではなく、「小さくなった」なんです。
発酵は味を足していません。舌に届く大きさまで切っているだけです
舌にある味の受容体は、分子を受け止めるための小さな窪みのようなものです。この窪みに収まる大きさの分子だけが、味として感じ取れます。大豆のタンパク質は、アミノ酸が数百個つながった巨大な分子です。大きすぎて窪みに入らないので、味がしないんです。
デンプンも同じです。ブドウ糖が何百個も鎖になったもので、それ自体には甘みがありません。ごはんを噛み続けていると甘くなりますが、あれは唾液のアミラーゼ(デンプンを切る酵素)が鎖を切って糖にしているからです。切れて、はじめて甘くなります。

味噌の中で起きているのも、これと同じことです。麹菌が残していった酵素が、タンパク質とデンプンを片っ端から切っていきます。旨味も甘味も、外から来たものではありません。もともと大豆と米の中にあったものが、舌に届く大きさになっただけです。
ただ、全部が切られるわけではありません。ある市販の米味噌を測った例では、遊離のアミノ酸や短いペプチドまでたどり着いたのは、タンパク質の窒素量でいうと4分の1ほど。もう4割ほどは、水に溶ける中くらいの長さのペプチドで止まっています。残りの4割近くは、水にも溶けない大きなタンパク質のままです。この切りかけの断片が、あとで効いてきます。
旨味も甘味も苦味も、同じ一本の反応から一緒に出てきます
では、切り出されるのは旨味だけかというと、実はそうでもありません。
大豆のタンパク質を切るプロテアーゼ(タンパク質を切る酵素)は、旨味のグルタミン酸だけを選んで取り出してくれるわけではありません。同じ一本の鎖から、甘味を持つアラニンやグリシンも、苦味を持つロイシンやバリンも、いっしょに外れてきます。ハサミは切る相手を選びますが、切った先に何が出てくるかまでは選べないのです。
実際に測ってみると、市販味噌の遊離アミノ酸は合計で100gあたり1,000〜3,400mgほど。多くの味噌ではグルタミン酸がいちばん多いのですが、いつもそうとは限りません。8種類の市販味噌を調べた例では、八丁味噌はプロリンが、京都の白味噌と仙台味噌はアルギニンのほうが多く出ていました。グルタミン酸の量そのものも、銘柄で7倍近く違います——淡色辛口の信州味噌で746mg、京都の白味噌で107mg。味噌の味はひとつの成分で決まるのではなく、数十種類のアミノ酸の配合として立ち上がってきます。
ここで気をつけておきたいのが、「このアミノ酸はこの味」という分類表を、そのまま鵜呑みにしないことです。あの表は、そのアミノ酸だけを水に溶かして濃くしたときの味であって、味噌の中でどれくらい効いているかを示したものではありません。ロイシンは苦味に分類されますが、味噌に含まれる量は苦味を感じ取れる境目とほぼ同じで、それだけで苦いわけではないんです。
若い味噌の角が立っているのは、塩のせいだけではありません。切りかけの短い断片が、苦味として残っているためでもあります。
甘酒は、この反応の一部を数時間に縮めたものです
デンプンのほうを担当するのがアミラーゼです。米のデンプンを切って糖にします。この反応を糖化と呼びます。
砂糖を一切入れない甘酒が甘いのも、これだけで説明がつきます。米麹に2〜3倍の湯を加えて55〜60℃に保っておくと、半日ほどで糖が溜まって、はっきり甘くなります。味噌の中でも同じことが、もっとゆっくり起きています。
甘い味噌が甘いのも、同じ理屈です。砂糖が入っているわけではありません。麹の割合を上げて米のデンプンを大量に持ち込み、それを糖に変えています。実測では、辛口の米味噌の還元糖が13%前後なのに対して、江戸甘味噌では21〜27%に達します。
麹は味噌専用の材料ではありません。塩麹はタンパク質を切る道具を調味料として使うもの、甘酒はデンプンを切る道具だけを取り出したものです。米麹をひと袋買って湯に混ぜれば、味噌で半年かかることの一部を、今日のうちに見ることができます。
香りは飛んだ分子、色は光を吸う分子
ここまでは味の話でした。香りと色は、味とはまったく別の現象です。
味は、唾液に溶けて舌に届いた分子。香りは、気体になって鼻まで飛んだ分子。色は、特定の波長の光を吸っている分子。三つは別々の経路で生まれ、別々の器官で受け取られます。ですから「味が濃い」「香りが良い」「色が濃い」は、そろって動くとは限りません。
香りを担当するのは、主に酵母です。糖を食べてアルコールをつくり、それが酸と結びついてエステル(果物のような匂いを持つ分子の一群)になります。米味噌からは200種以上の香りの分子が報告されていて、味噌の香りというのは、その混ざり具合のことなんです。
色のほうは、切り出された部品どうしが、今度は互いに反応した結果です。アミノ酸と糖が結びついて、褐色の色素になります。パンやステーキの焼き色と同じ、メイラード反応と呼ばれる反応です。違うのは温度と時間で、焼き色が150℃を超える鍋の上で数分なのに対して、味噌では常温で数か月かけて、同じことが進んでいきます。

だから味噌の色は、熟成時間の記録になります
反応が進むほど、色は濃くなります。ですから色は、時間の記録として読むことができます。
ただし、白味噌が白いのは「熟成が短いから」だけではありません。作り手は大豆の皮を外し、煮汁を三、四回捨てて色のもとを減らし、塩をできあがりの重量に対して5〜7%と低くし、麹を多くしたうえで、50℃前後で数日という短さで仕上げます。色を薄くするために、褐変の材料そのものを先に減らしているわけです。辛口の味噌を1か月で止めても、白味噌にはなりません。
とはいえ、自分で仕込んだひとつの容器の中でなら、色の濃さは素直に進み具合を映してくれます。そして進み具合を決めるのは、時間だけではありません。ここがおもしろいところで、効いてくるのは温度です。
| 保存温度 | 3か月後の色の濃さ(保存開始時を1として) |
|---|---|
| 4℃ | 約1.4倍 |
| 20℃ | 約2.2倍 |
| 37℃ | 約17倍 |
山辺(1991)による測定です。すでに熟成を終えた市販の米味噌(食塩11.6%)を、それぞれの温度で3か月保存したときの値。色の濃さは波長415nmの吸光度で測っています。
同じ3か月でも、置き場所によって色の進み方は一桁変わります。仕込んだあとにあなたができることは、実はそう多くありません。でも、どこに置くかだけは自分で決められます。ここが効いてきます。
色が濃いことは「よくできた」という意味ではありません。色は進み具合の目盛りであって、出来ばえの目盛りではないんです。濃くなる過程で失われるものもあります——その話は深掘りの章で。
蓋を開けて、色を見る。それだけで、中で何が進んでいるかを一段深く読めるようになりました。ただ、開けたとき最初に目に入るのは、たいてい色ではなく、表面に浮いた白いものだと思います。それが何なのか。そして、どうしてこんなものを半年も台所に置いておけるのでしょう。
